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事業承継M&Aの失敗事例5選|よくある落とし穴と成功の秘訣

事業承継M&Aの失敗事例5選

事業承継M&Aが失敗する最大の原因は、価格や条件ではなく、従業員・株主・取引先といった関係者との合意形成や説明のタイミングを誤ることにあります。

実際の現場では「社員に早く伝えすぎて反発を招いた」「親族株主の理解を得られなかった」「大口取引先の意向を見誤った」「希望株価にこだわり過ぎて交渉が進まなかった」などの理由から、M&Aが白紙になるケースも少なくありません。

本記事では、実際に起こった事業承継M&Aの失敗事例を5つ取り上げ、なぜ交渉が頓挫したのか、その背景と判断の分かれ目を整理します。あわせて、同じ失敗を繰り返さないために経営者が事前に押さえておくべき視点や準備のポイントも解説します。

記事のポイント

  • 失敗事例の多くは「価格」ではなく情報開示・説明タイミングのミス
  • 創業者・親族株主・大口取引先との事前調整不足が致命傷になる
  • 事業承継型M&Aでは「創業者利益」だけに寄りすぎると失敗しやすい

M&Aによる事業承継が失敗する典型的な理由

社員への情報開示が早すぎたことで反発を招いた事例

とある企業経営者からM&Aのご相談を受けた事例です。M&Aの検討を進める中で経営者から「うちの会社は家族経営で、社員は家族そのものだ。家族に内緒でM&Aを進める訳には行かない。」というご発言がありました。

経営者の意思は固く、その経営者は全社会議で、「事業承継のために会社売却をすること」、「M&A仲介会社に依頼すること」を伝えました。

経営者の意思を聞いた従業員から「社長だからついてきたのに!」「社長と一緒に辞めます!!」という声があがりました。M&Aにおいて、M&Aそのものではなく、M&A後に事業を継続させることが重要であり、そのためには従業員の方に適切なタイミングで伝える必要があります。

こちらの例では、結果として、経営者は仲介会社への依頼を断念することになりました。

関連記事:M&Aで社員への伝え方はいつ?売却時の適切なタイミングと注意点

M&A情報の管理不足により社内不安が拡大した事例

ある経営者は近隣同業との資本提携を検討していました。市場環境は厳しく、今後の将来を考え、生き残るためには、お互いに鎬を削るよりも手を携えて規模の拡大・効率化を図ることが最善と考え、トップ同士で協議を継続していました。

しかし、社長の机の上に置かれていたM&A検討資料(相手先の社名も入っていました)を見た社員から、M&A検討の情報が洩れてしまい、社内で噂が広がりました。

噂を聞きつけた部長数名から経営者に対して直談判があり、「競合のあの会社とM&Aするのは本当ですか」「あの会社とは社風も商売のやり方も全然違う。私たちは反対です。」との進言がなされました。

M&A協議は道半ばであったため、経営者は市場環境や今後の見通しについて十分な反応・説明ができず、M&Aによる事業提携は断念せざるを得ない結果となりました。

親族株主への事前説明不足でM&Aが白紙になった事例

父親から跡を継いだ2代目経営者の例です。60代半ばになり、一人娘は結婚し、県外に居住しており、親族の後継者が不在の状況でした。

経営者の手腕により業績は好調で財務状況も良好であり、経営者としてはこのまま社長職を続けたい気持ちもありましたが、今後の会社の成長と永続を考えると、事業を早めに引き継ぐことが重要であり、親族後継者が不在、役職員への承継も難しい状況では、第三者へ事業を引き継ぐM&Aしか選択肢はないと考え、大変なM&Aの交渉を進めるのであれば、気力を失ってからではなく、自分が元気なうちに、また、会社の業績が良いときに判断をしておきたいとの思いで、M&Aの検討を開始しました。

M&A仲介会社と共に買い手企業を見つけ、相手側とも条件も概ね固まったところで、30%の株式を持つ90歳の父(創業者)にM&Aにより第三者へ事業を引き継ぎたい旨を相談しました。ところが、父親からは「こんな良い会社を売るなんて何事か!言語道断!」と大反対を受けました。

親族後継者がおらず、社員後継者もいない中で、会社の成長と永続を考え、必死に出した結論ではありましたが、その想いや意思決定を、株主である父親に理解をして頂くことは難しく、何度か説得を試みましたが、このままM&Aの交渉を継続することは難しいと考え、買い手候補先には白紙撤回を通知しました。

M&Aにおいて「もし」は存在しませんが、もう少し早い時期から、また、定期的に父親と会社の方向性について話し合う機会があれば、違う結果になっていたかも知れないという事例でした。

大口取引先の意向を見誤りM&A後の事業継続が断念された失敗事例

とある特殊エレベーターのメンテナンス会社の事例です。こちらの会社は、特殊エレベーターのメーカーであるX社の修理の下請けを行っており、売上の90%以上はX社との取引によるものでした。

そんな中、独立系エレベーターメンテナンス会社が、こちらの会社の株式取得を希望し、その条件として、M&A後もX社との取引が継続されることが伝えられました。独立系エレベーターメンテナンス会社としては、X社の取引を確保することで、自社の事業拡大を見込んでいました。

基本合意後、売り手企業の経営者は、意を決してX社社長にM&Aにより株式譲渡したい旨を説明しました。株式譲渡の理由として、経営者自身が高齢であること、体力・気力が落ちてきたこと、事業継続のためにM&Aをしたいことを、誠意を尽くして説明しました。

ところが、X社社長からは「独立系に仕事を依頼することは未来永劫ない。独立系にM&Aするなら、取引は継続しない。」と明言されてしまいました。その結果、その経営者はM&Aを断念せざるを得ない結果となってしまいました。

希望株価にこだわり過ぎた結果、事業承継M&Aが成立しなかった失敗事例

M&Aによる事業承継を希望する売り手企業の経営者から、「株式を売却した場合、いくら程度の価格になるのか」という相談を受けることは少なくありません。

M&A仲介会社では、過去の取引事例や財務状況(BS・PL)を踏まえ、一定の算定ロジックに基づいて企業価値の目安を提示します。

しかし中には、その試算結果に対して「これまで身を粉にして築いてきた会社の価値は、計算式だけでは測れない」として、相場を大きく上回る希望株価にこだわる経営者もいます。

希望株価にこだわり過ぎることで起こる問題

希望価格を前提に買い手候補を探索した結果、

  • 「価格が高すぎる」
  • 「投資回収が見込めない」

といった理由で、すべての候補先から見送りとなり、結果としてM&Aによる事業承継が実現しなかった、というケースは決して珍しくありません。

特に事業承継を目的とするM&Aでは、交渉が長期化することで、

  • 経営者の高齢化
  • 事業成長の鈍化
  • 収益力の低下

といったリスクが顕在化し、時間の経過そのものが企業価値を下げてしまうこともあります。

企業価値には「相場」が存在するという現実

M&Aにおける企業価値は、事業内容や財務諸表をもとに、ある程度の相場観をもって算定されます。多くの案件では、この「相場の幅」の中で売買が成立します。

もちろん、相場を超えてM&Aが成立するケースも存在しますが、それは限られた条件を満たす場合に限られます。

相場を超える価格で成立しやすいケース

以下のような条件を備えている場合、相場を上回る評価がなされる可能性があります。

  • 卸売・小売・調剤薬局など、業界再編が活発な業種
  • 年商20億円以上、営業利益1〜2億円以上など、事業規模・利益規模が大きい
  • 独自のビジネスモデルを持ち、業界内で高いシェアや利益率を確保している
  • 売上・利益ともに高い成長性が見込める

事業承継型M&Aで重視すべき視点

経営者が自らの会社に強い思い入れを持ち、正当な評価を求めること自体は自然なことです。ただし、事業承継を目的とするM&Aには、次のような複数の意義があります。

  • 会社の存続と雇用の継続
  • 取引先との関係維持
  • 事業の発展
  • 経営者自身の引退と円滑な引き継ぎ

事業承継型M&Aを成功させている経営者は、これらをバランスよく捉えている傾向があります。一方で、希望株価に過度にこだわるケースでは、「創業者利益の回収」に意識が偏りすぎていることが多いように感じます。

実際の現場感覚としても、前者の経営者はM&Aの議論の中で「従業員」や「会社の将来」について語る場面が多く、後者ではそうした話題があまり出てこない傾向があります。

まとめ:失敗事例から学ぶM&A成功ポイント

今回は、事業承継におけるM&Aが上手くいかなかった実例を取り上げ、失敗の背景や注意すべきポイントを解説しました。事例ごとに事情は異なりますが、共通して言えるのは「関係者との調整不足」や「タイミングの見誤り」が大きな壁になるということです。こうした失敗事例を知っておくことは、これから事業承継を検討する経営者にとって大きな学びとなるでしょう。

事業承継は経営者一人で判断するにはリスクが大きく、冷静な相場観や客観的な視点を持つためにも、早めに専門家へ相談することが重要です。価格へのこだわりや情報管理の難しさも、事前に準備とアドバイスを受けていれば大きく回避できる可能性があります。

「まだ自分には早い」と思っていても、準備を始めるのに早すぎることはありません。早めの情報収集と相談こそが、会社の永続、従業員や取引先の安心、そして経営者ご自身のライフプラン実現につながります。

当社では、実際のM&A事例や豊富な経験に基づき、経営者の皆さまに寄り添った事業承継サポートを行っております。事業承継やM&Aについて少しでも関心をお持ちの方は、ぜひお気軽にご相談ください。

クレジオ・パートナーズ株式会社広島を拠点に、中国・四国地方を中心とした地域企業のM&A・事業承継を専門に支援しています。資本政策や企業再編のアドバイザリーにも強みを持ち、地域金融機関や専門家と連携しながら、中小企業の持続的な成長と後継者募集をサポート。補助金や制度活用の知見を活かし、経営者に寄り添った実務的な支援を提供しています。
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