事業承継型M&Aにおける税金|株式売却と退職金の最適な受け取り方

中小企業のオーナー経営者にとって、後継者不在の解決策として「事業承継型M&A」が注目されています。
株式を第三者に譲渡することで承継を実現できますが、同時に株式売却益に対する課税や退職金に対する課税といった「税金の壁」に直面します。
本記事では、事業承継型M&Aにおける税金の基本を整理し、株価と退職金の内訳による手取り額の違いや、買手・売手双方にとって有利なスキームの考え方を詳しく解説します。
目次
記事のポイント
- 事業承継型M&Aで課税対象となるのは 株式売却益 と 退職金
- 株価と退職金の内訳を調整することで税負担が大きく変わる
- 会社分割やスキーム設計によって、節税や資産の残し方に工夫が可能
事業承継型M&Aで発生する税金の種類
株式売却益に対する税金
株式売却が成立した場合、株式を売却した利益(株式売却益)に対して20.315%(所得税15.315%、住民税5%)の税金が課されます。
また、売手オーナーが同時に会社を退職し、退職金を受け取る際には、退職金に対して所得税・住民税が課されます。
M&Aにおける株価と退職金は、通常、売手と買手との交渉で「総額」を先に決め、その後に株価と退職金の内訳を決めていきます。例えば、取引の総額を5億円と決めたのであれば、内訳として「株価:3億円」「退職金:2億円」とするのも選択肢ですし、「株価:5億円」「退職金:0円」とすることも可能です。
上記は内訳の話ですので、売手に入ってくる金額は5億円で同じです。しかし、株式の譲渡代金への課税と、退職課税のそれぞれは税金計算が異なるので、税引後の手残りに違いが出てくることとなります。具体的な計算は以下の通りです。
株式譲渡所得の計算式
【株式の譲渡代金に対する課税(所得税・住民税)】
(計算方法)
株式の売却益=売却代金 - (株式の取得費+譲渡費用)
所得税 =株式の売却益 × 20.315%
※株式の取得費は、国税庁の通達により、売却代金の5%とすることもできます。
(参考:国税庁HP「No.1464 譲渡した株式等の取得費」)
※譲渡費用はアドバイザー等に対する手数料。
【退職金に対する所得税・住民税】
(計算方法)
退職所得
《勤務年数20年以下の場合》
退職所得=退職金額 - (40万円 × 勤続年数)
《勤務年数20年以上の場合》
退職所得=退職金額 - (70万円 × (勤続年数 - 20年) + 800万円)
所得税・住民税=退職所得 × 1/2 × 累進税率 - 累進税率による控除額
※ご参考:所得税(復興特別所得税含む)・住民税の累進課税率と控除額一覧
課税所得金額 | 税率(%) | 控除額(千円) |
0 | 15.105 | 0 |
195万円以上 | 20.210 | 100 |
330万円以上 | 30.420 | 436 |
695万円以上 | 33.483 | 649 |
900万円以上 | 43.693 | 1,568 |
1,800万円以上 | 50.840 | 2,855 |
4,000万円以上 | 55.945 | 4,897 |
上記算式に当てはめて考えていくと、退職金額に対する税率が20.315%を超えると株価として受け取ったほうが有利となります。
【ケーススタディ】株価と退職金の内訳による手取り額の違い
事業承継型M&Aでは、売手と買手が「総額」を先に決め、その後に 株価と退職金の割合 を調整するのが一般的です。
総額5億円を4パターンで比較
(売手勤続年数40年の場合)
(単位:千円)
①株価5億円 | ②株価4.6億円+退職金4,000万 | ③株価3億円+退職金2億円 | ④退職金5億円 | |||||
株価 | 退職金 | 株価 | 退職金 | 株価 | 退職金 | 株価 | 退職金 | |
受取金額 | 500,000 | 0 | 460,000 | 40,000 | 300,000 | 200,000 | 0 | 500,000 |
税金 | ▲96,496 | – | ▲88,777 | ▲2,364 | ▲57,898 | ▲44,894 | 0 | ▲128,812 |
手取金額 | 403,504 | 0 | 371,223 | 37,636 | 242,102 | 155,106 | 0 | 371,188 |
手取額合計 | 403,504 | 408,859 | 397,208 | 371,188 |
※株式の取得費は売却金額の5%とし、譲渡費用は0円として計算。
→ 株価4.6億円+退職金4,000万円のパターンが最も手取りが多い結果に。
このように、株価と退職金の内訳によって数千万円単位で手残りが変わることもあります。
買手のメリットとスキーム設計
買手にとっては、株式代金として支払うよりも退職金として支払った方が、法人税の損金算入が可能になり有利です。そのため、買手側の希望で退職金を多めに設定することも少なくありません。ただし、税務上否認されない金額に留める必要があります。
株式保有割合・会社分割スキーム
株式保有割合が少ない場合の調整方法
売手オーナー経営者の株式保有割合が少ない場合、例えば、社長の株式保有割合が10%程度で、残りの90%を社長の子供たちが保有していた場合、株式の売却代金としてはオーナー経営者本人が手にする金額は少なくなってしまいます。
その場合は株価と退職金の総額のうち、株価の割合を下げ、オーナー経営者への退職金を多くすることによりオーナー経営者本人への支払金額を多くすることもできます
(ただし、会社法上、退職金額の決定は株主総会での決議事項ですので、この場合はオーナー経営者以外の株式所有者(今回の場合は子供たち)の同意が必要です)。
売却対象としない事業がある場合の税務
本業のほかに自社所有の不動産があり、その不動産からの賃貸収益による不動産賃貸業などを営む会社がM&Aによる売却を検討する場合、不動産賃貸業は残し、株式売却後も一定の収入を確保しておきたいと考える方がいらっしゃいます。この場合、会社を本業の会社と不動産賃貸業の会社に分割して本業の会社だけを売却していくスキームを活用することが可能です。
上記の例では、不動産賃貸業の会社を新設会社としています。これは法人税法上、適格分割に該当させるためです。一方で、不動産の所有権が移動してしまうので、登録免許税が課されることとなります(この場合、通常であれば不動産取得税は適格要件に該当し、課されることはありません)。
また、会社分割時に会社内にある現預金や借入金をどちらの会社の財産にするかにより、税金計算が異なる結果となります。このようにM&A時に売却対象としない事業がある場合はスキームにより様々な税金が動くのでスキームの比較検討を慎重にしていく必要があります。この際、当然のことながら、本業に影響が出るなど買手にマイナスの影響を与えないようなスキームを優先し、検討を重ねていくこととなります。
まとめ:M&A税務は専門家との連携が必須
事業承継型M&Aにおける税制は複雑であり、株価と退職金のバランスによって売手の手取り額は大きく変わります。また、買手の税務戦略や会社分割スキームによっても結果は異なります。
しかし、多くのM&A仲介会社には税理士や公認会計士が常駐しておらず、税務面まで踏み込んだ提案が十分でないケースもあります。
そのため、事業承継型M&Aを検討する際は、単に「売却を成立させる」だけでなく、税務・会計の視点を持つ専門家と連携することが、オーナー経営者にとって最適な選択肢となります。
クレジオ・パートナーズ株式会社のご紹介代表者 :代表取締役 李 志翔
所在地 :広島市中区紙屋町1丁目1番17号 広島ミッドタウンビル3階
設立 :2018年4月
事業内容:
・M&Aに関するアドバイザリーサービス
・事業承継に関するアドバイザリーサービス
・資本政策、企業再編に関するアドバイザリーサービス 等
URL :https://cregio.jp/
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