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M&A前の株式の贈与と株式の集約

M&A前の株式の贈与と株式の集約

未上場企業の場合、株式の「株価」をどう算出するかは難しい問題です。「一物二価」とも「一物多価」とも言われ、同じ会社の株式でも、取引形態・取引相手・場面などに応じ、それぞれ異なる株価が算出されます。

その株価の差から、事業承継型M&Aでは、「M&A前と後、どちらのタイミングで株式を贈与した方がよいのか」「少数株主の株式をどのように集約すればよいのか」という論点が存在します。

この記事では、未上場企業に特有の「株価」の考え方と、事業承継の現場でよく相談される贈与・集約のタイミングについて、ケーススタディを交えて整理します。

未上場企業の「株価」の評価方法

未上場企業の「株価」を算出する方法は複数存在し、目的に応じ、異なる方法で算出されます。事業承継の場合は、以下の3つの算出方法が論点になりやすいです。

①相続税評価

株式を所有するオーナーが亡くなったため、自社株式を子供に相続する場合は「相続税評価」という方法で株価を算出します。これは、株価を算出する主な目的が「相続税を算出すること」であるため、その目的に沿った評価をする必要があります。

②法人税評価

株式を所有するオーナーが、自身の資産管理会社等に自社株式を移動させる場合、「法人税評価(小会社方式)」という方法で株価を算出します。

これは、株価を算出する主な目的が「株式を移動する際の税金を算出すること」であるため、税金の計算は原則として「時価」による取引に対して課税することとなり、株価の算出が必要となります。

いわゆる身内内での取引であるため「交渉による時価の形成」がなされないことに対する時価の擬制であると考えられます。

③M&A時の交渉

株式を所有するオーナーが、M&Aにより第三者に株式を譲渡する場合、株価は「交渉」により決定されます。これは、株価を算出する主な目的が双方の合意を導くためであり、双方が合意した価格がその株式の株価となります。

M&Aの際に、買手企業に株価を提示する前に、DCF法・EV/EBITDA倍率法などにより株価を算出しますが、あくまで参考値です。オーナー企業であれば価格はお互いの「合意」により決定します。「売手は高く売りたい」、「買手は安く買いたい」という当然の市場原理により価格が形成されます。

株価が高い評価方法は?

上記のとおり、同じ未上場企業の株式でも目的・場面等の違いにより、上記のような3つの株価の算出方法が存在します。事業承継において論点になりそうな算出方法を挙げていますので、目的・場面等が異なれば、上記以外にも違った株価の算出方法を使用することもあります。

一般に、上記3つの方法から算出される株価を並べると、以下の順番で高くなります。

①相続税評価額 < ②法人税評価額 < ③M&A時の交渉による価額

M&A前後どちらが有利?自社株式の贈与タイミングを比較

事業承継型M&Aを検討する場合、「事業承継」が目的となりますので、売手オーナーの年齢が比較的高齢であることが多いです。売手オーナーの中には、M&Aで自社株式を売却した場合でも、その後の相続税を気にする方もいます。

そこで、「M&A前に自社株式を贈与した場合」「M&A後に自社株式を贈与した場合」に、どちらがメリットがあるのか、ケーススタディをもとに考えていきます。

【ケーススタディ】
《前提条件》
・株主=父が100%所有
・相続人=子供一人
・相続税評価による株式の価額=3億円
・M&Aによる株式の価額=10億円

●M&A後に自社株式を贈与した場合

M&A時 売却価額 1,000,000
所得税・住民税 ▲192,993
売却後手取金額 807,008
相続時 相続税 ▲352,054
相続後の手残り 454,954

●M&A後に自社株式を贈与した場合

贈与時 贈与税 ▲157,995
M&A時 売却価額 1,000,000
所得税・住民税 ▲192,993
相続時 相続税
相続後の手残り 649,013

※わかりやすくするため、贈与は暦年贈与(特例贈与)とします。なお、相続時精算課税贈与を選択した場合の相続後の手残り額は、715,208千円

 

上記の計算によれば、M&A前に自社株を子供に贈与をしたほうが、その後の相続税を考えると手残りが増える結果となります。これは、「M&Aによる価額(10億円)」と、相続税・贈与税の計算基礎となる「相続税評価額(3億円)」の差により発生したものです。

ただし、相続税負担を軽くするため、「M&A前に自社株式の贈与」を行う場合、「株式の贈与の時期」を選ぶのが非常に難しいというのが現実です。

「M&Aによる交渉も終わり、あとは契約書にお互いにサインをするだけ」という状況で株式の贈与をした場合、贈与税の計算基礎となる株価は売却価額と同額の10億円と評価されます(国税庁:財産評価基本通達6)。理由としては、「10億円での売却の実現可能性が非常に高い」ため、その株価の適正な価額は10億円であると判断されるからです。

一方で、「M&Aによる売却の意向は持っていたとしても、まだ買手候補もいない」という状況であれば、贈与税の計算基礎となる株価は3億円と評価されます。10億円というのは単なる希望価額であり、実現するか否かは不透明だからです。したがって、この状況下で贈与すれば税金(相続税)は低くなりますが、売却が出来なかった場合、税金だけを支払う結果となるリスクがあります。

「M&Aによる売却の成立」が大前提となりますし、実際には売手オーナーも一定の手取を期待しますので、M&A前の株式の贈与はリスクを取れる範囲内でバランスを見て決定すべきです。

M&A前に少数株主の株式集約が必要になる理由

買手企業は原則として株式100%取得を目指す

事業承継型M&Aでは、買手企業が株式の100%取得を希望するケースが一般的です。売手企業に親族外の少数株主がいる場合、その保有株式も買収対象となります。最終的な買取価額は、売手オーナーと買手企業の交渉で決定した株価を基準に、少数株主分も同条件で買い集める流れになります。

少数株主は必ずしも同額で同意するとは限らない

実務では、売手オーナーが窓口となり買手と交渉を進めますが、決まった株価に少数株主が必ず同意するとは限りません。少数株主の事情や期待値によっては、合意形成に時間がかかり、M&Aの進行に影響を与える場合があります。

売却益の分配を避けるための「株式集約」という選択肢

また、M&Aによる売却金額が少数株主にも渡されることとなりますが、これを敬遠する売手企業オーナーも存在します。そこで対策として検討されるのがM&A前における「少数株主の株式の集約」です。

税法基準の株価とM&A価額には大きな差がある

前述の通り、株価は「税法基準で計算した株価」と「M&Aにより決定される株価」では価格が異なり、一般的に税法基準で計算したほうが安くなります。M&A前における株式の集約は、いわば「安く買い集めて、高く売る」行為です。これも理屈は上記の「M&A前における株式の贈与」と同じです。

売却直前の株式集約には贈与税リスクがある

M&Aの成立直前に税法基準により計算した株価で買い集めた場合、M&Aによる売却価額と税法基準で計算した価額との差額につき、贈与税等の税金が課されることとなります。

買手候補が不在の段階なら税務評価額の適用が可能

一方で、M&Aによる売却の意向は持っていたとしても、実際に買手候補がいない状況下で集約する場合は税法基準で株価を算出することとなります。M&Aによる売却を検討する際、少数株主の株式の集約が必要であれば、計画的に集約していくのが良いでしょう。

まとめ

未上場企業の株価は、相続・贈与・法人間移動・M&Aなど、目的によって大きく異なります。

この記事で整理したように、

  • 自社株式の贈与は、税務基準の評価額が低いタイミングが有利
  • ただし、売却できなかった場合のリスクもあるため慎重な判断が必要
  • 少数株主の集約は、M&A検討初期から計画的に進めることが重要

といったポイントを、事前に押さえておくことが重要です。

とはいえ、実際の現場では「どのタイミングで、どの程度まで贈与や集約を進めるべきか」は、企業ごとの状況やオーナー様の意向によって最適解が変わります。株価や税金の話になると一歩踏み出しづらい方も多いですが、早めに方向性だけでも整理しておくことで、選べる選択肢の幅は大きく変わります。

クレジオ・パートナーズでは、事業承継型M&Aと資本政策の両面から、「いつ・どのように株式を動かすべきか」を一緒に設計しています。「自社の場合はどう考えればいいのか知りたい」「株価や税金のイメージだけでも掴んでおきたい」といった段階のご相談でも構いませんので、まずはお気軽にお問い合わせください

クレジオ・パートナーズ株式会社広島を拠点に、中国・四国地方を中心とした地域企業のM&A・事業承継を専門に支援しています。資本政策や企業再編のアドバイザリーにも強みを持ち、地域金融機関や専門家と連携しながら、中小企業の持続的な成長をサポートしてきました。補助金や制度活用の知見を活かし、経営者に寄り添った実務的な支援を提供しています。
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