社会福祉法人のM&A・事業承継|合併・事業譲渡のポイントと課題
社会福祉法人を取り巻く経営環境は、少子高齢化の進展、人材不足、施設老朽化、財務負担の増加などにより、年々厳しさを増しています。こうした背景のもと、近年は社会福祉法人においても「M&A(合併・事業譲渡)」を事業承継や事業再編の選択肢として検討する動きが徐々に広がっています。
実際に厚生労働省は、社会福祉法人の合併や事業譲渡を円滑に進めるための指針として「合併・事業譲渡等マニュアル」を公表し、制度面でも一定の整理が進められています。
もっとも、社会福祉法人は株式会社と異なり、株式を持たない非営利法人であるため、M&Aのスキームや対価の考え方、行政との調整など、特有の論点が数多く存在します。誤った理解のまま進めると、手続きの停滞や行政指導につながるリスクも否定できません。
本記事では、社会福祉法人のM&A・事業承継を検討する理事長・経営層の方に向けて、合併・事業譲渡の基本的な考え方、厚生労働省マニュアルの要点、実務上の論点や注意点を整理して解説します。
目次
記事のポイント
- 社会福祉法人は「社会福祉法」に規定された特別法人。株式会社と異なり、株式を発行しない。
- 社会福祉法人におけるM&Aのスキームは、原則として「合併」または「事業譲渡」
- 厚生労働省もマニュアルを発表。許認可等を行う行政庁との事前確認は必要
社会福祉法人のM&Aが注目される背景
社会福祉法人においてM&Aや事業譲渡が注目されるようになった背景には、単なる後継者不足だけではなく、社会福祉サービスを取り巻く構造的な環境変化があります。高齢者福祉や児童福祉、障がい福祉といった分野は、地域に不可欠なインフラである一方、法人運営の負担は年々大きくなっています。
具体的には、少子高齢化の進展による人材確保の難しさ、介護・保育現場における人件費の上昇、施設や設備の老朽化に伴う修繕・更新コストの増加などが、法人の財務や経営体制に継続的な影響を与えています。
こうした状況のなか、従来のように単独法人としてすべての課題を抱え込む運営モデルには限界が見え始めており、経営基盤を強化するための選択肢として、合併や事業譲渡といったM&Aの活用が現実的に検討されるようになってきました。M&Aは、事業をやめるための手段ではなく、法人が担ってきたサービスや雇用を維持・発展させるための手段として捉えられています。
また、社会福祉法人のM&Aは、法人全体の承継に限らず、特定の施設や事業単位での再編を通じて、経営資源を重点分野に集中させるケースも増えています。これは、地域ニーズの変化に柔軟に対応しながら、限られた人材や資金を有効活用するための戦略的な判断といえます。
このように、社会福祉法人におけるM&Aは、環境変化への受動的な対応ではなく、将来にわたって社会福祉サービスを安定的に提供し続けるための経営判断として、徐々に位置づけが変わりつつあります。
社会福祉法人とは
社会福祉法人は、厚生労働省が所管する「社会福祉法」において設立認可を受けた公益法人です。社会福祉法第22条において、社会福祉法人とは「社会福祉事業を行うことを目的として、この法律の定めるところにより設立された法人」と定義されています。
「社会福祉事業」とは、社会福祉法第2条で定められている「第1種社会福祉事業」及び「第2種社会福祉事業」となり、第1種には、特別養護老人ホーム・児童養護施設・障がい者支援施設等があり、第2種には、保育所・訪問介護・デイサービス・ショートステイ等が含まれます。また、社会福祉法人は、社会福祉事業以外にも、「公益事業」と「収益事業」を行うことができます。

出典:厚生労働省HP:社会福祉法人の概要
このように、高齢者や児童向けのサービスが中心となっており、全国における高齢化の進展、共働き家庭が増加した際の子供の保育等、社会インフラとしての機能が求められるサービスを社会福祉法人は担っています。
社会福祉法人のM&Aにおける論点
社会福祉法人のM&Aでは、一般的な企業M&Aと異なり、制度・行政・公益性を前提とした独自の論点が存在します。とくに実務上は、対価の妥当性、許認可対応、会計処理の整理が重要な検討ポイントとなります。
社会福祉法人のM&Aスキーム
社会福祉法人は、社会福祉法において認可された公益法人であるため、一般的な株式会社ではありません。通常、株式会社のM&Aでは、譲渡側が発行している株式又は、譲渡側の事業を対価としてM&Aを行います。しかし、社会福祉法人の場合は、株式を対価とした譲渡が行えないことに注意が必要です。
よって、社会福祉法人の経営権を譲渡する方法は、「合併(新設合併または吸収合併)」「(実質的な)事業譲渡」による2つの方法となります。なお、合併は社会福祉法人間で認められています。
厚生労働省による社会福祉法人「合併・事業譲渡等マニュアル」
2020年9月に厚生労働省は、社会福祉法人の合併や事業譲渡等の手続きや留意点等を整理する観点から「社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン」を策定しました。

「社会福祉法人の事業拡大等に関する調査研究事業報告書」のアンケート結果では、合併や事業譲渡等に対する考えについて、55.5%が「必要性を感じていない」と回答したのに対し、42.6%が何らか必要性があると回答しています。

合併の経緯・理由は「事業の多角化のため」の回答割合が47.1%と多く、次いで「事業規模の拡大のため」が35.3%であり、「後継者不足のため」の回答は23.5%となっています。

出典:みずほ情報総研株式会社「社会福祉法人の事業拡大等に関する調査研究事業報告書」
事業譲渡の理由については「事業の集中のため」が87.5%と圧倒的に高く、「後継者不足のため」は12.5%となっています。
厚生労働省が示す制度整理と公式ガイドライン
社会福祉法人のM&Aや事業譲渡を検討するにあたり、最も重要な前提となるのが、厚生労働省が示している制度整理と公式ガイドラインの理解です。
社会福祉法人は、所管行政庁の監督下にある公益性の高い法人であるため、合併や事業譲渡についても、一般企業とは異なる考え方と手続きが求められます。
社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン
厚生労働省は、社会福祉法人の経営基盤強化や事業の持続性確保を目的として、「社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン」を策定しています。
同ガイドラインでは、合併や事業譲渡を含む事業再編を、単なる縮小や撤退ではなく、地域ニーズに応じたサービス提供を継続・発展させるための手段として位置づけています。
また、法人の公益性を損なわないこと、利用者や職員への影響に十分配慮すること、行政との適切な連携を図ることなど、社会福祉法人として守るべき基本的な考え方が整理されており、M&Aを検討する際の判断軸として重要な指針となっています。
合併・事業譲渡等マニュアルの位置づけ
ガイドラインを踏まえた実務的な手引きとして位置づけられているのが、「合併・事業譲渡等マニュアル」です。本マニュアルでは、社会福祉法人が合併や事業譲渡を行う際に必要となる法令上の手続きや、検討プロセス、留意点が具体的に整理されています。
とくに、事業譲渡における対価の考え方や、補助金財産・許認可との関係、行政庁との事前相談の重要性など、実務上つまずきやすいポイントが明示されている点が特徴です。
社会福祉法人のM&Aを進めるうえでは、本マニュアルを制度上の「前提条件」として理解したうえで、個別事情に応じた検討を行うことが不可欠です。
アンケート結果から見る実務動向
厚生労働省の調査研究事業に基づくアンケート結果を見ると、社会福祉法人における合併や事業譲渡に対する考え方は一様ではなく、依然として慎重な姿勢が多い一方で、一定の必要性を感じている法人も少なくないことが分かります。
合併の理由としては「事業の多角化」や「事業規模の拡大」が多く挙げられており、単なる後継者不足対策ではなく、経営戦略の一環として検討されているケースが見受けられます。
一方、事業譲渡については「事業の集中」を目的とする回答が多く、法人全体ではなく、特定の施設や事業単位での再編が実務上の中心となっている点が特徴です。
社会福祉法人M&Aで論点になりやすいポイント
事業譲渡における対価と事業価値評価
社会福祉法人の譲渡を検討する場合、譲渡する対価をどのように受け取るかについては論点になりやすいポイントです。
「合併・事業譲渡等マニュアル」によると、社会福祉法人では、社会福祉事業の剰余金は一定の条件のもと法人本部会計又は公益事業に充てることができますが、法人外への対価性のない支出は認められていないことが明示されています。
そのため(事業譲渡等の場合、)譲渡側の留意する点として、「自法人における譲渡事業の価値を見積り、少なくともその価値以上の受取対価でなければ、法人外への資金流出に該当すると考えられる。」と記載されています。

出典:厚生労働省「合併・事業譲渡等マニュアル」P.140
上記のように、事業の価値は、「資産及び負債だけでなく、事業計画(将来の損益予測や修繕計画など)を加味したものと考えられます。」と記載されており、事業の価値を算定するためには、過去の累計値だけでなく、将来の収益獲得能力も加味して算定していくことが必要となります。
許認可・補助金財産と行政機関との調整
合併を行う場合、行政の許認可が必要となりますので、事前に行政への相談が必要となります。事業譲渡の場合でも、社会福祉法人の場合、補助金により財産を購入した場合もあり、財産処分を行う場合は事前に行政への相談が必要となります。厚生労働省「合併・事業譲渡等マニュアル」においても、許認可等を行う行政庁への事前相談が推奨されています(事業譲渡等の場合、許認可の観点から必須)。
事業体が異なる場合の会計・財務上の留意点
事業譲渡先が株式会社である場合等、事業譲渡契約を結ぶ先が異なる場合は、会計科目が異なることとなり、事業を評価する際等において留意することが必要となります。
社会福祉法人のM&A仲介・支援実績
クレジオ・パートナーズ株式会社が仲介・支援した社会福祉法人のM&A・事業承継案件を紹介します。
広島県の社会福祉法人のM&A事例
広島市を拠点に福祉事業を展開する社会福祉法人古家真会が、サービス付き高齢者向け住宅・デイサービスを複合的に運営する「たかやの郷」の事業譲渡を実施したM&A事例です。
福祉事業への経営資源集中と法人全体の安定経営を目的に、未経験だったM&Aによる事業譲渡を決断。行政手続きや許認可対応といった課題を乗り越え、地域医療法人への円滑な承継を実現しました。
本事例では、理事長・常務理事の視点から、M&Aを検討した背景、譲渡先選定のポイント、そして「タイミングとスピード感」が成功を左右した実務上のリアルを紹介しています。
成功事例:広島県の社会福祉法人が実現した介護施設の事業譲渡M&A事例
社会福祉法人のM&A・事業譲渡を成功させるために
社会福祉法人のM&Aや事業譲渡を成功させるためには、一般的な株式会社のM&Aと同じ感覚で進めないことが何より重要です。社会福祉法人は、公共性の高い非営利法人であり、事業の継続性や地域への影響、行政の関与を前提とした慎重な意思決定が求められます。
とくに実務上は、「どのスキームを選択するのか」「事業の価値をどのように整理するのか」「許認可や補助金財産について行政とどの段階で調整するのか」といった点が、検討初期から整理されていないと、後工程で大きな手戻りが生じやすくなります。形式的には合併や事業譲渡が可能であっても、制度理解や事前調整が不十分なまま進めると、理事会や行政との協議が長期化し、結果として計画自体が頓挫するケースも少なくありません。
また、社会福祉法人のM&Aでは、「法人全体を譲渡する」のではなく、「特定の施設や事業を切り出して再編する」ケースが多いため、財務諸表上の数値だけでなく、将来の事業計画や修繕計画、人材体制まで含めて事業性を整理する視点が不可欠です。これは単なる会計処理の問題ではなく、譲渡後もサービスを継続し、利用者や職員の不安を最小限に抑えるための重要なプロセスといえます。
こうした点を踏まえると、社会福祉法人のM&A・事業譲渡は、「具体的な課題が顕在化してから検討する」のではなく、将来の選択肢を広げるために、早い段階から情報整理と相談を始めておくことが望ましいと言えます。制度・実務・財務を横断的に理解した専門家とともに検討を進めることで、無理のない形で事業の持続性を確保し、法人としての使命を次の世代へ引き継ぐことが可能になります。
おわりに
社会福祉法人においても、厚生労働省が合併・事業譲渡等に関するマニュアルを公表したことで、M&Aは例外的な手法ではなく、事業の持続性を高めるための現実的な選択肢として位置づけられつつあります。
一方で、社会福祉法人のM&Aは、株式譲渡を前提とした一般的なM&Aとは異なり、合併や事業譲渡に限られるほか、対価の妥当性、補助金財産の扱い、許認可を所管する行政庁との事前調整など、慎重な検討が求められる論点が数多く存在します。
アンケート調査結果からも分かるとおり、社会福祉法人における事業譲渡は「後継者不足」だけでなく、「事業の集中」や「経営資源の再配分」を目的として行われるケースが多く、法人全体ではなく、特定の施設や事業単位での再編が実務上の中心となっています。
社会福祉法人が担う高齢者福祉・児童福祉・障がい福祉サービスは、日本社会を支える重要なインフラです。だからこそ、事業を止めないためにも、制度・財務・実務を正しく理解したうえで、早い段階から専門家に相談し、現実的な選択肢を整理していくことが重要です。
社会福祉法人のM&A・事業承継について検討を始められている場合は、業界特有の制度や行政対応、事業価値評価に精通した専門機関へ早めに相談することで、将来の選択肢を大きく広げることができます。
クレジオ・パートナーズ株式会社広島を拠点に、中国・四国地方を中心とした地域企業のM&A・事業承継を専門に支援しています。資本政策や企業再編のアドバイザリーにも強みを持ち、地域金融機関や専門家と連携しながら、中小企業の持続的な成長をサポート。補助金や制度活用の知見を活かし、経営者に寄り添った実務的な支援を提供しています。
URL :https://cregio.jp/
M&A・事業承継について、
お気軽にご相談ください。