コラム COLUMN

事業承継

直接交渉でM&Aを進めるメリット・デメリット|仲介会社を使わないM&Aの注意点

M&Aを買手に直接相談しても大丈夫?

M&Aを進める際、多くの経営者が「仲介会社を使わずに直接相手と交渉できないか」と検討しています。確かに、報酬を抑えたり、意思決定をスピーディに進められたりといった魅力があります。しかし、直接交渉には明確なリスクや準備が欠かせません。

本記事では、2024年最新のM&Aトレンド・事業承継の実態を踏まえたうえで、「直接交渉」のメリット・デメリットを整理し、売手・買手双方が押さえておくべきアドバイスを具体的にご紹介します。

直接交渉とは

直接交渉の定義と背景

直接交渉とは、M&A仲介会社やFA(アドバイザリー)を介さずに、売手企業と買手企業が当事者同士で条件交渉を行い、取引を進める方法を指します。

本来M&Aは、価格調整・条件整理・デューデリジェンス対応など専門的なプロセスが多いため、仲介会社を利用するケースが一般的です。

しかし、知り合い同士の取引や、小規模事業の承継などでは仲介会社を使わずに進められる場合もあり、「直接交渉」に関するニーズは年々高まっています。

仲介会社を使うM&Aとの違い

仲介会社を利用するM&Aでは、第三者が間に入り、価格の妥当性評価、交渉の調整、必要資料の整理、スケジュール管理などをサポートします。一方、直接交渉では、

  • 価格提示
  • 条件交渉
  • 企業価値の判断
  • スケジュール管理
  • 契約書の調整

といった一連のプロセスを、売手・買手が自ら対応する必要があります。

そのため、直接交渉はスピード感や費用面でメリットがある一方、情報の非対称性や価格判断の難しさなど、リスクが大きくなりやすい点が特徴です。どちらを選ぶべきかは、企業規模や取引リスク、社内のリソース状況によって変わります。

M&A・事業承継のご相談はこちら

直接交渉のメリット

仲介報酬を節約でき、コストを抑えてM&Aを進められる

直接交渉の最大のメリットは、仲介会社へ支払う報酬(成功報酬・着手金・中間金など)を削減できる点です。

一般的に仲介手数料は数百万円〜数千万円規模になることもあり、中小企業のM&Aでは無視できないコストとなります。仲介会社を介さないことで、取引にかかる総コストを大幅に抑えられる可能性があります。

マッチングサービスの普及により、自力で相手を探しやすくなった

近年は、M&Aプラットフォームやオンラインマッチングサービスが急速に普及し、

  • 売り手が買い手を探す
  • 買い手が案件情報を検索する
  • 双方が直接メッセージでやり取りする

といった仕組みが一般化してきました。これにより、従来のように仲介会社から情報提供を受ける必要がなくなり、売手・買手が直接コンタクトを取りやすい環境が整っています。

スピーディに交渉を進めやすい

第三者を挟まない直接交渉は、意思決定のスピードが早くなる利点もあります。

仲介会社を経由すると、どんなに優秀でも「確認→調整→回答」というプロセスが必ず発生しますが、直接対話であれば余計なタイムロスを減らせます。特に、小規模な会社やシンプルな事業譲渡では、迅速に話を進めたいケースで有効に働くことがあります。

直接交渉のデメリット

適正価格・適正相場がわからない

直接交渉で最も大きなデメリットは、自社の価値や交渉条件の適正相場が判断しにくいことです。

M&Aでは企業価値評価を行い、価格設定や条件交渉を進めますが、売手・買手のどちらかにM&Aの経験がなければ、相場感がないまま話が進んでしまうケースが多く見られます。

特に金銭面の条件は誤りが生じやすく、株価・役員退職金・引継ぎ期間の報酬など、本来の市場相場よりも大幅に低い条件で契約してしまう可能性があります。反対に、根拠のない高額条件を提示してしまい、早期に交渉が破綻することも珍しくありません。

また、適正相場がわからないという問題は金銭条件だけにとどまりません。交渉の進め方、情報開示のタイミング、基本合意からクロージングまでの時間軸にも、一般的な流れや妥当性があります。

これを把握していないと、相手が提示する要求が妥当なのか、譲るべきなのか、拒否すべきなのかの判断基準が持てず、交渉が不利に進みやすくなります。たとえば、実務では次のような場面がよくあります。

  • まずは協業から始め、2年ほどかけて方向性を固めましょう。
  • 基本合意後にデューデリを行い、その結果を見て株価を提示します。
  • 社員と面談してから買収を最終判断したい。
  • 次回は部長や税理士も同席させます。
  • 既にメインバンクに買収資金の相談を始めました。
  • 退職金は役員退任後に支払います。

こうした買手側の提案や要求に対し、売手企業は一つひとつ的確に判断し、準備しながら対応する必要があります。しかし、相場感を持たずに臨むと、妥当な要求なのか、交渉上不利になる条件なのかを見極めにくく、結果として交渉力が低下します。

M&Aは情報格差が結果を左右する世界です。適正相場を理解しないまま進める直接交渉は、価格・条件の両面で不利な決断をしてしまうリスクが高まります。

信頼関係を壊すリスク

通常、売手企業は「高く売りたい」と考え、買手企業は「安く買いたい」と考えるものです。特に金銭面に関してのみ申し上げると、売手企業と買手企業の利害は対立します。

また、立場が違えば、捉え方や言い方が異なるものです。上記のような利害関係の対立のなか、直接交渉の場合、売手企業又は買手企業自らが交渉することになります。前提として、利害対立があるため、意図していない言葉でも、発言の内容・表現によっては、相手の神経を逆なでし、信頼関係を壊してしまうリスクがあります。

筆者の経験談でお話すると、昔、あるM&Aで事業承継を目指す社長に「私は人生捨てるつもりでM&Aに臨む」と言われたことがあります。会社は売手経営者の人生そのものであり、会社売却は売手経営者のビジネス人生の清算行為という側面も持ち合わせています。

このことから分かるのは、単なるモノやサービスの価格交渉と異なり、M&A・事業承継そのものが感情が入りやすいものであると考えられます。

本音が言えない状態

直接交渉では、買手の感情を刺激したくないという心理が働き、売手が本音を言いづらくなる状況が生まれやすくなります。

価格や条件に対する本心を伝えられないまま話を進めてしまうと、双方が探り合いの状態になり、肝心の交渉が前に進まなくなることがあります。

また、遠慮や曖昧な表現が続くと「どこまでが本当の希望なのか」「何が譲れない条件なのか」を判断できず、信頼関係の構築が難しくなることも大きなデメリットです。M&Aでは、企業の存続や従業員の雇用といった重要なテーマを扱うため、本音を言えない状態が続くと、小さな誤解が後に大きなトラブルへ発展する可能性もあります。

直接交渉では、専門家が間に入らない分、心理的な調整や意向の整理がしにくく、「本音を伝えられないまま話が停滞する」という構造的なリスクがあることを理解しておく必要があります。

M&A・事業承継のご相談はこちら

直接交渉で会社売却を目指す際の注意点と成功のポイント

直接交渉には費用面のメリットと比較して、大きなデメリットやリスクがあります。そういった意味でもM&A専門家のアドバイスを受けて、相手先探し、相手先との交渉をすることが望ましいですが、どうしても直接交渉での会社売却を目指す方に向けてのアドバイスをまとめました。

価格条件を曖昧にしない

直接交渉で最も起こりがちな失敗が「価格を曖昧にしたまま話を進めてしまうこと」です。

売り手の中には「いくらでも良い」「従業員の雇用が守られれば十分」と口にする方もいます。しかし実務上、本当に価格にこだわらない売り手は1人もいませんでした。

多くの場合、

  • 気恥ずかしさ
  • じっくり考えられていない
  • 株価以外の優先事項(従業員・取引継続など)が強い

といった理由で「いくらでも良い」という表現が出てきます。

しかし、価格を曖昧にしたまま交渉すると、下記のリスクが高まります。

  • 買い手が過度に低い価格を想定してしまう
  • すれ違いによって交渉が決裂する
  • 後半で価格交渉が紛糾する

そのため、直接交渉では「希望価格」と「最低限受け入れられる価格」を明確に言語化し、最初に相手へ丁寧に伝えることが極めて重要です。

例:「希望価格は●円です。ただし、価格よりも従業員の雇用継続と事業の存続を優先しています。」

このように伝えることで、双方が納得できる条件整理がスムーズに進み、交渉の行き違いを防げます。

希望価格と下限価格を決める

M&Aの売却交渉では、事前に 「希望価格(希望売却額)」と「下限価格(最低売却ライン)」 を明確に決めておくことが非常に重要です。

この2つを定めずに交渉を始めると、価格交渉の場面で判断が揺れやすく、結果として交渉が長期化したり、相手との信頼関係を損なうリスクがあります。

  • 希望価格:できればこの金額で売りたいというライン。交渉の初期段階で買手に提示する目安の金額。
  • 下限価格:この金額を下回るなら売却しないと決める絶対ライン。他の買手を探すという判断基準にもなる。

これらのラインを決めずに交渉を始めてしまうと、「やっぱりもう少し高く売りたい」「即答ができず返事が遅れてしまう」といった 意思決定のブレ が生じやすくなります。

M&A交渉では、売手の対応が遅れたり意見が変わったりすると、

  • 「条件を後出しされた」と買手が不信感を抱く
  • 交渉が停滞し、破談リスクが高まる

といった問題が生じます。そのため、交渉開始前に「希望価格」「下限価格」を言語化し、初期段階で相手に明確に伝えることが成功への鍵となります。

相談相手(税理士・会計士・公的支援機関)を作る

仲介会社を利用せずにM&Aを直接交渉で進める場合でも、第三者の視点を得られる相談相手を必ず用意しておくことが重要です。

価格の妥当性や税務面の判断など、専門知識が求められる場面では一人で判断するとリスクが大きくなります。

まず検討したいのは、顧問税理士や会計士への相談です。日頃から会社の財務を理解しているため、顧問料の範囲内で助言を受けられたり、仲介会社よりも低コストで対応してくれる可能性があります。ただし、税理士や会計士が必ずしもM&Aに詳しいとは限りません。

その場合は、「事業引継ぎ支援センター」などの公的支援機関を活用することが有効です。中立的な立場からアドバイスが得られ、初期相談は無料の場合が多く、M&Aの方向性を整理するうえでも心強い存在となります。

直接交渉は判断を誤りやすい側面があるため、どこかに必ず相談できる専門家や窓口を持っておくことが、トラブルを防ぎ、交渉を円滑に進めるための大切なポイントです。

参考:事業引継ぎ支援センター実績(令和元年度)と中国・四国地域の事業引継ぎ支援センター一覧

まとめ

直接交渉にはコスト面での利点がある一方で、価格判断や条件調整の難しさなど、専門知識が求められる場面も多く、思わぬトラブルにつながるリスクがあります。これは決して脅しではなく、多くの中小企業の事例から見えてくる「よくある落とし穴」としてお伝えしています。

近年は、事業引継ぎ支援センターなど公的な相談窓口も増え、M&A仲介会社に依頼するか迷う場合でも、まずは情報収集の一環として専門家の話を聞くことが以前より気軽にできるようになりました。どこに相談するかではなく、売手・買手双方が正しい情報を持って判断できるかどうかが、成功への何よりの近道です。

M&Aはあくまで目的を達成するための手段であり、企業の存続や従業員の未来を守るためのプロセスです。大切な意思決定を誤らないためにも、少しでも不安や疑問があればお気軽にご相談ください。不要なトラブルを避け、納得感のある事業承継・M&Aを実現できるよう、私たちクレジオ・パートナーズがお手伝いします。

クレジオ・パートナーズ株式会社広島を拠点に、中国・四国地方を中心とした地域企業のM&A・事業承継を専門に支援しています。資本政策や企業再編のアドバイザリーにも強みを持ち、地域金融機関や専門家と連携しながら、中小企業の持続的な成長をサポートしてきました。補助金や制度活用の知見を活かし、経営者に寄り添った実務的な支援を提供しています。
URL  :https://cregio.jp/

M&A・事業承継について、
お気軽にご相談ください。